智道さん黙全さん
七世智道庵主と八世黙全庵主
検校庵の話を伺うと必ずと云って良いほど「ちーちゃん」「ぜんちゃん」という名前を耳にします。
「ちーちゃん」とは検校庵第七世の鈴木智道大和尚、
「ぜんちゃん」とは検校庵第八世の鈴木黙全大和尚のこと。
可愛らしい愛称で地域の皆様に親しまれ、庵主様としての生涯をそれぞれに閉じられました。
検校庵の苦難
昭和43年6月、当時地域の信者さま方に多くの寄付金を頂戴し本堂の新築工事が着工されました。
引き渡しを目前に控えた昭和44年5月10日正午過ぎ、参詣者の昼食準備に大きな釜をかまどにかけた火の粉が庫裡のかや屋根に飛び、新築の本堂もろとも全焼するという悲しい出来事が起こりました。
昭和45年7月、引退していた五世智孝庵主が亡くなり、同46年1月には六世黙乗庵主が高血圧症に倒れ、同48年3月に64歳でこの世を去りました。
不幸続きの数年間ではありましたが、復興事業の先頭に立ち七世となった智道庵主「ちーちゃん」は当時40代に入ったばかりでありました。
信者さま1062人より頂戴した浄財により同48年6月25日、ついに落慶法要を行うことができたのです。
最初の本堂工事着手から5年。当時は檀家さんがいないお寺であったにもかかわらず、この期間に本堂を2つ、位牌堂を1つ建て、2人の庵主さんを送り出しました。
この大事業を支えたのが妹弟子の黙全庵主こと「ぜんちゃん」。ちーちゃんを支えながら必死に過ごされたことでしょう。
何より、多くの信者さまが2度も寄付を行って下さったからこそ、復興ができたわけです。
2人の力
2人の庵主さんの必死な姿を知る人は、「ちーちゃん」「ぜんちゃん」と親しみをもって呼んでくれます。
「ちーちゃん」が住職になった当時、尼寺では檀家を持てない時代でもありました。
その後、尼寺でもお檀家さまを持つことが許されると、2人の魅力に惹かれてお檀家さまが次第に増えてまいりました。
個人の持つ人柄であったり、歴代の庵主さま方が歩まれてきたその姿に対し、心からの信仰を抱いてくださった証こそが現在の本堂なのでしょう。
現在の住職、恵道庵主さんはこの「ちーちゃん」の娘として検校庵で育てられ、このお2人の姿を見て尼僧としての歩みを進めることを決意したそうです。